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2011年11月15日 (火)

甘海老と従兄の思い出

今日、金沢の従姉(正しくは従兄のお嫁さん)からカニと甘海老が届きました。

従兄が生きていた頃、毎年送ってくれていたのでお嫁さんも続けてくれています。ありがたくいただきます(*^^)v

伯母がまだ生きていた頃、夏の暑い日に母と2人で伯母を見舞って、その後、従兄に金沢市内を案内してもらいました。

金沢城跡にいた時のこと。

ふと従兄が「二百三高地、観たか?」と聞いてきました。いきなりだったので「うん、テレビでね」と答えたら

「あれは第四師団、金沢の部隊が話の中心やったなあ。友禅職人が金沢思い出しているシーンでの、さだまさしの歌はよかった。」

は?私は意外な展開に戸惑いました。

従兄が言っていたのはさださんの♪聖夜と言う曲です。

♪こんなに静かな雪の降る夜は

 私の心だけふるさとへ還る~♪

私も大好きで、前の携帯では着メロに使っていました。

私とふたまわり離れているので、あまり親しかった思い出はないのですが

♪聖夜を聴くと思い出します。

伯父が亡くなった時「今度は誰やろね?」といたずらっぽくうちの母を見て笑っていたのに、2年前の春に自分が先に逝ってしまいました。

ある朝起きたら顔が変わるほどむくんでいた…ここから従兄の闘病が始まりました。

東京にいる従兄の妹と一緒にお見舞いに行った時、かなりツラそうでした。

奥さんや従姉が一時期病室から出て行き、私と2人だけになった時のことです。

「なあ、ひかるちゃん頼み聞いてくれるか?」苦しそうに言いました。

「うん、私でできることだったら何でもやるよ?」

「…もう、殺してくれんか…。」

言葉が出ませんでした。「残念ながらそれはできないなあ~」とはぐらかしたものの、涙は隠せなかったです。

教師を定年まで勤め上げて、ずっと剣道をやっていて、東京に来た時も孫と一緒に東京タワーを階段で上ったほどの人なのに。

心の中でお別れを言いながら「また来るね」と言ったのが最期でした。

形見分けでいろんな本と鏡のついた箱をもらいました。

本の中に「氣」に関するものが3冊ありました。

Tちゃん、生きてるうちに「氣」の話したかったよ!

従兄が亡くなってからも金沢からカニと甘海老が届くたびに最後の従兄の言葉と、♪聖夜のメロディが浮かんでくるのです。

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コメント

zuikoromamyさんいらっしゃいbell
思いっきり私事ですみませんでした
だけど…思い出すんですよねえ。
不謹慎発言ですけど、母に何かあった時には任せようって思ってた人でもありましたから。
苦しんで苦しんで死ぬのはイヤですね。
選べるものではないですけど、気づかないうちに死んじゃってるって言うの希望です!

ちゃおさんが 生きている限りは命に感謝の意味が伝わってきました。
こんなに辛い従兄様との別れを経験していたのですね。
読んでいて涙が出てきました。人の命は明日をも分りませんが
だからこそ大切に生きなくてはと あらためて思いました。
 カニと甘エビ高級なお届け物ですね♪美味しいもの食べたら
嬉しくて元気になれるのは みんな同じですよね(^o^)v♪
とっても、大事な思い出を読ませて頂き有難うございました。m(__)m

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