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2011年11月

2011年11月21日 (月)

隆の里と若乃花

九州場所の真っ最中なので…と言うか隆の里(鳴戸親方)が急逝されたので、思いつくままに書いてみます。

タイトルに書いたように、隆の里(鳴戸親方)と二代目若乃花(間垣親方)はともに青森県出身です。

初代若乃花の二子山親方が同じときにスカウトしてきた同期生でした。

十両に上がれる力士は100人に1人とも言われていますから、同じときにスカウトしてきた2人の少年がともに横綱になったと言うのは「奇跡」に近いものだと思います。

私が頻繁に大相撲の東京場所を見に行っていた頃は、いわゆる「輪・湖時代」(輪島・北の湖)でしたので

大関が5人いて(貴ノ花・魁傑・若三杉・旭国・三重ノ海)にぎやかな時代でした。

若三杉が横綱になった時に若乃花を継いだのですね。

私はもっぱら魁傑関(現・放駒理事長)のファンでありましたheart02

貴ノ花は言うまでもなく、若貴のお父さんで初代若乃花の末の弟です。

父親が結構いいところまで行った場合に男の子がいると、子供も入門することが多々あるのですが、血筋がモノを言う梨園とは違って、あくまでも本人が強くならなければどんな親の子でも上には上がれないのです。

…何が言いたいかと言うと…若貴兄弟は改めてすごかったsign03ってことです。

若乃花が若くから活躍したのに対して、隆の里持病の糖尿をコントロールしながら30歳というけして若くない年齢での横綱昇進でした。

ご本人が亡くなってしまったのでインシュリンの問題は藪の中になってしまいましたが、稀勢の里を始め、これからと言うときの訃報にただただ驚きました。

間垣親方もおかみさんを亡くされて、ご自身も杖をついていらっしゃいます。

どうしても力士は短命なのですね…。

私の知ってる親方は51歳で亡くなられました…合掌。

まとまらなくなりましたが、初代若乃花の「見る目」の確かさはすごいですscissors

2011年11月20日 (日)

前頭連合野強化作戦中

9月の初めから「前頭連合野強化作戦」を実行中であります。

明石家さんまさんの「ホンマでっかTV」に出演されている澤口俊之教授考案のHQ能力道場というソフトを毎日やってます。

短期記憶の強化・将来へのことが考えられるようになるなど…。詳しくはググって下さい(笑)

私自身、あることが原因でマジPTSDだったので(今も状況によっては固まりますが)

PTSD罹患者には前頭葉の委縮が見られる、なんて言う専門書を読んでいたので、このトレーニングの話がLPSで出た時に飛びつきましたhappy01

約3か月真面目に毎日続けていますが…。

点数的には取れるようになってきました。

それより何より私がありがたく思うのは、状態はあまり変わっていないのに感情がマイナスに大きく引っ張られることが少なくなったことです。

これは、すっごく大きな変化ですし、うれしいことです。

澤口教授、実際にお目にかかりたいですねshine

LPSでは12月初めまでで効果測定?は終わるようですが

私は続けて行きたいと思っています。

神経衰弱ってトランプゲームに似たプログラムがあって、それが一番苦手です。

同じ模様のものを裏返して、カードが動いて表にするんですけど

3枚が限度ですねえ・・・。

あと2週間、頑張りますsign03

2011年11月15日 (火)

甘海老と従兄の思い出

今日、金沢の従姉(正しくは従兄のお嫁さん)からカニと甘海老が届きました。

従兄が生きていた頃、毎年送ってくれていたのでお嫁さんも続けてくれています。ありがたくいただきます(*^^)v

伯母がまだ生きていた頃、夏の暑い日に母と2人で伯母を見舞って、その後、従兄に金沢市内を案内してもらいました。

金沢城跡にいた時のこと。

ふと従兄が「二百三高地、観たか?」と聞いてきました。いきなりだったので「うん、テレビでね」と答えたら

「あれは第四師団、金沢の部隊が話の中心やったなあ。友禅職人が金沢思い出しているシーンでの、さだまさしの歌はよかった。」

は?私は意外な展開に戸惑いました。

従兄が言っていたのはさださんの♪聖夜と言う曲です。

♪こんなに静かな雪の降る夜は

 私の心だけふるさとへ還る~♪

私も大好きで、前の携帯では着メロに使っていました。

私とふたまわり離れているので、あまり親しかった思い出はないのですが

♪聖夜を聴くと思い出します。

伯父が亡くなった時「今度は誰やろね?」といたずらっぽくうちの母を見て笑っていたのに、2年前の春に自分が先に逝ってしまいました。

ある朝起きたら顔が変わるほどむくんでいた…ここから従兄の闘病が始まりました。

東京にいる従兄の妹と一緒にお見舞いに行った時、かなりツラそうでした。

奥さんや従姉が一時期病室から出て行き、私と2人だけになった時のことです。

「なあ、ひかるちゃん頼み聞いてくれるか?」苦しそうに言いました。

「うん、私でできることだったら何でもやるよ?」

「…もう、殺してくれんか…。」

言葉が出ませんでした。「残念ながらそれはできないなあ~」とはぐらかしたものの、涙は隠せなかったです。

教師を定年まで勤め上げて、ずっと剣道をやっていて、東京に来た時も孫と一緒に東京タワーを階段で上ったほどの人なのに。

心の中でお別れを言いながら「また来るね」と言ったのが最期でした。

形見分けでいろんな本と鏡のついた箱をもらいました。

本の中に「氣」に関するものが3冊ありました。

Tちゃん、生きてるうちに「氣」の話したかったよ!

従兄が亡くなってからも金沢からカニと甘海老が届くたびに最後の従兄の言葉と、♪聖夜のメロディが浮かんでくるのです。

2011年11月 7日 (月)

四角いたい焼き

午後からハロワでの教育訓練施設の見学会にお茶の水まで行ってきました。

高卒の私は「大学」と言うものを全く知らない。

今日の説明会は商学部の教授が担当してくれて、その教授の専門である「マーケティング」についての話が多かった。

「机上の空論ではなく、実務にどう知識を結び付けるか?」

「学生たちが知らない世界をあなたたちは知っています」

「すべての活動はお客様の笑顔のために」

なんだかとっても新鮮だったflair

定員20人、今日それくらい来ていたかも??

あと1回説明会はあるので倍率は2倍かなあ?

申込書の受講希望理由をしっかり考えて、なんとか20人の中に入りたいsign03

で、

タイトルの「四角いたい焼き」ですが。

型自体が四角いんですよfish

普通のたい焼きの周りに皮がついてて四角くなってるんです。

神田・達磨というお店です。

東京は神保町・小川町・神田・上野など。

大阪は心斎橋にあるそうです。

知ったのはつい最近、母が神保町の古本市に行った時に買ってきたんです。

つぶあんとカスタードがありますが、やっぱりつぶあんを買っていく人が多いようです。

今度はカスタードに挑戦してみよっと。

…唯一の難点は、家に持って帰る時の「匂い」です…。

東京近郊の方、お勧めします~happy01

2011年11月 4日 (金)

バイオリズム

某アンケート会社に登録してまして、そこのホームページに行くと毎日のバイオリズムがわかるようになってるんですよね。

今日は…身体0・感情0・知性ー37でした(ーー;)

何かの本で読んだ記憶があるんですがバイオリズムの3つがすべて0になる日があると

命を落とすようなことに巻き込まれたりするらしいです。

とりあえず今日は2つ0だったので、外出は…しませんでした(笑)

だけど確率から言うと3つの最大公約数??の日は必ずあるわけで

そういうことって知らない方が幸せだったりしますよね?

(ちなみに死に損なった日はどれも0ではなかったです、アレ?)

2011年11月 3日 (木)

遠くへ行きたい?

昨日のTVで「知らない街を歩くと考えがポジティブになる」と言う発言が某専門家の方からありました。

ふーん。聞いたときに思い出したのが♪遠くへ行きたい♪でした。

しーらないまーちをあるいてみーたーい

確かに知らないところに行くといろんな発見があって、自分の心の中のいろんなことをその時は忘れられるんですよね。

LPSのメルマガにも書いていた方がいらしたけど

行ったことのないところに行ってみるって、いいかもしれないですねrun

あと、認知症の方のグループホームで使われている歌で一番多いのが

「上を向いて歩こう」だそうです。

これは永六輔さんがパーキンソンのひどかった時に、グループホームに行かれて

介護士の方に一緒に歌いましょうと言われたそうです。

「自分の作った歌をああいう形で歌うとは思っていなかった」と永さん言ってましたけど。

全盛期はさすがに知らないですが

永六輔さん中村八大さん坂本九さんの六八九トリオはすごかったですね。

(あ、遠くへ行きたいはジェリー藤尾さんでしたが)

一時期、TVのテーマでは、さださんも歌ってましたねnote

私も、知らない街を訪ねてみようかな~。

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